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札幌高等裁判所 昭和56年(ネ)196号 判決

控訴人(被告) 間ケ敷忠昭

右訴訟代理人弁護士 富岡公治

被控訴人(原告) 有限会社村谷工務店

右代表者代表取締役 村谷末吉

被控訴人(原告) 北海道観光事業興発株式会社

右代表者代表取締役 横山哲夫

右被控訴人ら訴訟代理人弁護士 和田壬三

同訴訟復代理人弁護士 斎藤陽子

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

一、申立

(控訴人)

主文同旨の判決を求める。

(被控訴人ら)

「本件控訴はこれを棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求める。

二、主張

当事者の事実上の主張は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する(ただし、原判決七枚目裏二行目に「実資的」とあるのを「実質的」と訂正する。)。

(被控訴人ら)

1. 原判決六枚目裏一行目の「昭和五四年」から同四行目の「自己のものとし、」までを「控訴人は、訴外株式会社三和銀行札幌支店から、被控訴人らへの支払いの財源となるべき訴外会社の資金を自己の用に費消するため、昭和五四年一一月五日から同月一三日までの間に合計金一五五九万九七〇〇円を払い戻したうえ、」と改める。

2. 控訴人の付加主張事実は知らない。

(控訴人)

1. 原判決摘示の請求原因事実に対し次のとおり認否する。

(一)  第一項の事実は認める。

(二)  第二項の1ないし3の事実は認める。

(三)  第三項の1の事実は認める。

(四)  同2のうち、訴外会社が二回にわたり不渡手形を出したこと、被控訴人北海道観光が建築請負契約を解除する旨の通知書を発したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(五)  同3のうち、札幌簡易裁判所昭和五四年(ロ)第一〇九八五号支払命令申立事件における仮執行宣言付支払命令が異議の申立もなく確定したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(六)  第四項1のうち、控訴人が訴外会社の代表取締役であったこと、訴外会社が昭和五三年五月ころ訴外吉田昌弘を注文者とする寺院建築工事を請負い、これを完成して引渡しもすませたこと、訴外会社が、右請負代金債権を被担保債権とし、右建物を目的物とする抵当権を設定して被控訴人ら主張の日にその旨の登記手続を経由したこと、その後右登記の抹消登記手続を経由したこと、訴外会社が被控訴人北海道観光から建物建築工事を請負い、また被控訴人村谷工務店に建具工事を請負わせたこと、訴外会社が二回にわたり手形不渡事故を発生させたこと、被控訴人北海道観光が前記請負契約を解除したことは、いずれも認めるが、その余の事実は否認する。

(七)  同2の事実は否認する。

(八)  第五項の主張は争う。

2. 控訴人の主張

(一)  訴外会社は、昭和五二年一〇月訴外横須賀木工協同組合の下請として大宥寺の本堂及び納骨堂の建築工事(工事代金二億五〇〇〇万円)をなし、昭和五三年八月これを完成させたが、発注者である訴外吉田昌弘(大宥寺住職)が右協同組合に対し請負代金の支払いをしなかったため、訴外会社も同組合から約二億円の下請代金の支払いを受けることができなかった。

(二)  そこで、右三者はその債権債務関係を考慮し、合意のうえで、訴外会社の同組合に対する債権を担保するため、右大宥寺の建物に根抵当権を設定することとし、その旨の登記手続を経由したものである。

(三)  ところが、抵当物件が寺院という特殊な物件で競売されることが著しく困難であるところから、弁護士の助言を受けて工事代金相当額の納骨仏壇を代物弁済として交付を受け、本件抵当権設定登記の抹消登記手続を経由したものである。

(四)  控訴人は、右納骨仏壇を売却すべく努力したが、期待した程には売却できず、最終的には残りの納骨仏壇はすべて右訴外会社の債権者委員会の管理にゆだねたのである。

(五)  なお、控訴人が、被控訴人主張の時期に訴外会社の銀行預金から合計金一五五九万九七〇〇円の払戻しをしたことは認めるが、これは、すべて訴外会社の支払いに使用したもので、個人として費消したものではない。

(六)  以上のとおり、控訴人に訴外会社の取締役として重大な任務違背行為があり、かつ、その職務の執行につき悪意があったとは、到底言い得ないものであるから、控訴人に責任はない。

三、証拠関係〈省略〉

理由

一、請求原因第一項、第二項の1ないし3、第三項の1記載の各事実及び訴外会社が昭和五四年一一月三〇日に二回目の手形不渡事故を発生させて倒産状態となったこと、被控訴人北海道観光の訴外会社に対する札幌簡易裁判所昭和五四年(ロ)第一〇九八五号支払命令申立事件における仮執行宣言付支払命令が確定したことは当事者間に争いがない。

右争いない事実によれば、被控訴人村谷工務店は金六九六万八四〇〇円及びこれに対する昭和五四年一〇月二一日から右完済に至るまで年六分の割合による金員を、被控訴人北海道観光は金一七〇〇万円及びこれに対する昭和五四年九月二七日から右完済に至るまで年六分の割合による金員を、それぞれ訴外会社に対して請求しうるものであるところ、訴外会社の倒産により右債権の取立が不能となったことが認められる。

二、被控訴人らは、訴外会社の代表取締役である控訴人が、取締役としてその職務を行うにつき悪意または過失があったため訴外会社の倒産状態を惹起したものである旨主張するので、以下これにつき判断する。

1. 訴外会社は、訴外大宥寺住職吉田昌弘を注文者とする寺院建築工事を訴外横須賀建具木工協同組合から下請し、これを完成のうえ引渡したこと、訴外会社は、訴外吉田との間に右協同組合に対する請負代金債権を被担保債権とし、右寺院を目的物件とする根抵当権を設定し、昭和五三年八月八日その旨の根抵当権設定登記手続を経由したこと、訴外会社は、昭和五四年一一月一五日、右根抵当権設定登記の抹消登記手続を経由したこと、控訴人が被控訴人ら主張の期間中に訴外三和銀行から合計金一五五九万九七〇〇円の訴外会社の預金を払い戻したことは、いずれも当事者間に争いがない。

2. 原本の存在及び成立に争いのない乙第三号証(後記措信しない部分を除く)、成立に争いのない乙第四号証、当審における控訴人本人尋問の結果によると、次の事実が認められ、乙第三号証の記載中この認定に反する部分は、前顕乙第四号証に照らし措信できないし、他にこの認定に反する証拠はない。

(一)  訴外会社は、控訴人の姉の夫が経営する札幌電鉄工業株式会社の子会社として経営されて来たものであること。

(二)  訴外会社は、昭和五二年一〇月ころ前記協同組合から本件寺院建築工事を代金二億五〇〇〇万円で下請したものであるが、完成に至るまで請負代金の支払いを受けられなかったため、注文者である訴外吉田を含め三者協議の結果、右建物に対し極度額を金二億五〇〇〇万円とする本件根抵当権の設定契約を締結し、その旨の登記手続を経由するに至ったものであること。

その後、右請負代金のうち金五〇〇〇万円が支払われたものの、残金支払のため前記協同組合から交付されていた手形は、訴外吉田から同協同組合に対する支払いがなされなかったため、昭和五三年暮に不渡りとなったこと。

(三)  控訴人は、本件寺院を売却することにより右残代金の回収をしようと努めたが、本件寺院の構造が禅宗の特定宗派のためのものであったため、右寺院の売却交渉の相手方が限定され、速やかな回収が困難であることから、訴外会社の顧問弁護士と相談したうえ、訴外吉田所有の納骨仏壇四〇〇基(時価約二億八〇〇〇万円相当)を請負代金残額の代物弁済として取得し、前記根抵当権設定契約を解除して、昭和五四年一一月一五日根抵当権設定登記の抹消登記手続を経由したものであること。

(四)  訴外会社は、右納骨仏壇の取得後、専従の職員を配置してその売込みを計ったが、その物品の特殊性から、殆んどが売却不能のまま、後記のとおり倒産するに至ったこと。

(五)  控訴人は、昭和五四年一〇月初ころから訴外株式会社三和銀行と折衝し、同年一一月には前記札幌電鉄工業株式会社の保証が得られれば、同行から訴外会社に対し約八〇〇〇万円の融資を受けられる運びとなったが、同社の保証が得られなかったため、この融資が実現せず前記仏壇の売却も思うにまかせず、資金繰りができなくなって、同月二〇日第一回目の不渡りを出すに至ったこと。

(六)  控訴人が昭和五四年一一月に払い戻した訴外会社の預金一五五九万九七〇〇円は、すべて訴外会社の各種支払いに充当されたものであること。

3.(一) 右認定事実によると、訴外会社が倒産したのは、本件寺院建築工事残代金約二億円を回収することができず、運転資金に窮したことによるものであると認められ、また訴外会社が本件寺院に設定した根抵当権を解除したのは、同寺院の構造の特殊性から処分が困難であることに鑑み、訴外会社の顧問弁護士の助言をいれて、より処分が容易と思われる納骨仏壇の右残代金に相応する数量を代物弁済として取得したことによるものであって、以上の事実とこれがなされた時期とを勘案すると右根抵当権設定契約の解除と訴外会社の倒産とは直接には何らの関係もないものと言わなければならない。

(二) 被控訴人らは、控訴人は、訴外会社が本件寺院建築工事を完成し、これを引渡したのに、その請負代金の請求を怠り、会社の資産状況を悪化させた旨主張するが、前顕各証拠によると、控訴人は右工事着手後再三に亘り請負代金の支払いを請求し、遂には、本件寺院に根抵当権の設定を受けて(根抵当権の設定を受けたことは当事者間に争いがない。)右債権の確保に努めたことが認められるところ、全証拠によっても右請負代金の請求を怠ったことを認めることができないから、右主張は採用できない。

(三) 被控訴人らは、控訴人が、訴外会社の銀行預金を着服したことも訴外会社倒産の一因である旨主張するが、前記認定のとおり右金員は全額が訴外会社の支払いに充当されたものであって、全証拠によってもその前提である着服の事実を認めることができないから、その余の点につき判断するまでもなく、右主張は失当である。

(四) なお、被控訴人らは、控訴人は、訴外会社の資産状態が悪化し、約定どおりの履行が望めない状態になっているのに、これを秘して被控訴人らと契約を締結し、被控訴人らに損害を蒙らせた旨主張する。

前記認定事実によると、訴外会社は、本件寺院建築工事に着工後、工事代金が約定どおり支払われず、その回収が進捗しないため、運転資金の資金繰りが悪化していたことは推認し得るものの、前顕乙第三号証によると、訴外会社は、昭和五四年三月ころ訴外三和銀行から金一億円を九〇日期限で融資を受けていたこと、また被控訴人らと契約を締結したころは、十数億円にのぼる工事受注量を有していたことがそれぞれ認められ、必ずしも経営状態が被控訴人ら主張のように悪化していたものとは認められないから、これに基づく前記主張は、これを採用することができない。

三、そうすると、被控訴人らの本訴請求はいずれも失当であり、原判決中被控訴人らの請求を認容した部分は不当であるからこれを取消して被控訴人らの請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 瀧田薫 裁判官 吉本俊雄 和田丈夫)

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